所内に、安定して成果を出している人がいる。けれども、そのやり方がほかのメンバーに広がらない。
保険代理店の経営者や営業所長が抱えやすい悩みです。「マニュアルにまとめてほしい」と頼んでも出てこない。出てきても「お客様目線で」「信頼関係が大事」といった言葉が並び、新人が読んでも動けない。
これは、売れる人の協力が足りないから起きるのではありません。やり方が共有されにくい構造があり、引き出す側に手順がないことが原因です。
この記事では、売れる人のやり方が共有されない理由を4つに整理します。そのうえで、そのやり方をほかの人が再現できる形にする手順をお伝えします。流れは、ヒアリング・分解・型化・ロープレ(役を決めて面談を練習すること)・検証の5ステップです。保険代理店を例にしていますが、金融・不動産の営業組織でも同じ手順で進められます。
売れる人のやり方が共有されない4つの理由
最初に、なぜ共有が進まないのかを整理します。どれも誰かの怠慢ではなく、日々の業務の中で自然に起きることです。
| 共有されない理由 | 現場で起きていること |
|---|---|
| ①教えるより自分で動いたほうが早い | 教える時間が、いつも後回しになる |
| ②本人が言葉にできない | 「普通にやっているだけ」と返ってくる |
| ③聞き方が抽象的 | 「コツは?」に「信頼関係です」と返ってくる |
| ④再現できたかを確かめていない | 共有会をしても、翌月には元に戻る |
理由1|教えるより、自分で動いたほうが早い
顧客獲得が得意な人ほど、教えるより自分で動いたほうが早い。これが一つ目の理由です。
後輩への説明に時間を使えば、その分だけ自分の面談の時間が減ります。部下を見ながら自分も営業目標を持つ立場なら、なおさら自分の面談を優先したくなります。
ただ、その選択が続くと、やり方は本人の中にしか残りません。本人に時間をつくってもらうことに頼らない進め方が要るのは、このためです。
理由2|本人が、自分のやっていることを言葉にできない
二つ目は、売れる人自身が、自分のやり方を説明できないことです。
長く続けてきた動きは、意識しなくてもできるようになります。こうした、本人の中にあって言葉になっていない知識を「暗黙知」と呼びます。本人にとっては当たり前なので、「特別なことはしていない」と感じています。
謙遜ではなく、本当にそう感じているのです。だから、本人に「書いてください」と頼んでも、書く材料が本人の中で見えていません。
理由3|「コツを教えて」と抽象的に聞いている
三つ目は、聞き方の問題です。
「売れるコツは何ですか」と聞かれると、答えも抽象的になります。「お客様の話をよく聞くこと」「信頼関係を築くこと」。どれも正しいのですが、新人が明日の面談で何をすればいいかは分かりません。
抽象的な質問には、抽象的な答えが返ってきます。具体的な行動を引き出すには、具体的な場面について聞く必要があります。
理由4|共有したあとに、再現できたかを確かめていない
四つ目は、共有の後工程がないことです。
成功事例の発表会や同行を実施しても、聞いた側がその通りにできたかを確かめる場がなければ、元のやり方に戻りがちです。共有は「話した」時点ではなく、「ほかの人が同じ動きをできた」時点で完了です。
「マニュアルを書いてほしい」と頼むのをやめ、引き出す側が手順を持つ。ここから、属人化(特定の人にしかできない状態)は少しずつほどけていきます。
言語化の前提は「本人に書かせない」
手順に入る前に、役割分担を決めておきます。言語化は、売れる人に書かせるのではなく、聞き手が引き出して書き起こします。
| 役割 | 売れる人 | 教育担当者(聞き手) |
|---|---|---|
| やること | 話す・型を確認して直す | 聞く・書き起こす・ロープレで試す |
| 時間の持ち方 | 1回60分程度のヒアリングを2〜3回 | ヒアリングに同席し、書き起こしと型づくりの時間も持つ |
時間はあくまで目安です。大事なのは、売れる人の負担を「話す時間」と「確認する時間」に限定することです。書く作業まで求めると、理由1のとおり後回しになります。
もう一つの前提は、全部を一度に言語化しようとしないことです。初回面談からご契約後のフォローまでを一気にまとめようとすると、どこも浅くなります。最初は1つの場面だけを対象にします。
売れる人のやり方を言語化する5ステップ
全体の流れは次のとおりです。1場面につき、この5つを一周させます。
- ヒアリング|場面を1つに絞り、直近の1件を事実で聞く
- 分解|行動と判断基準に分ける
- 型化|1枚の型にまとめる
- ロープレ|型どおりにやって、できるかを試す
- 検証|現場で試し、行動の指標で確かめて更新する
STEP1|場面を1つに絞り、直近の1件を事実で聞く(ヒアリング)
最初に、言語化する場面を1つ決めます。新人がつまずいている場面から選ぶと、できた型をすぐに使えます。
場面の候補は、たとえば次のようなものです。
- 初回面談の冒頭(最初の数分で何を伝えるか)
- ヒアリングのあとの要約と確認
- 次回の面談の約束の取り付け
- ご契約者への紹介のお願い
商品の説明や提案の場面は、最初の題材にはしないことをおすすめします。商品や所属先のルールに左右される部分が大きく、型にしにくいためです。
場面が決まったら、ヒアリングに入ります。ポイントは、「普段どうしていますか」ではなく、直近の実際の1件について聞くことです。一般論で聞くと理想論が返ってきますが、実際の1件なら事実が返ってきます。
質問の例は次のとおりです。
- 「先週の〇〇様との面談で、座ってから最初に何と言いましたか」
- 「そのとき、お客様はどんな反応でしたか」
- 「その反応を見て、次に何をしましたか」
- 「逆に、うまくいかなかった面談では、どこが違いましたか」
- 「新人が同じ場面にいたら、どこでつまずくと思いますか」
うまくいかなかった1件も、あわせて聞きます。うまくいった例と並べると、どこで判断が分かれたのかが見えやすくなります。
記録を取る場合は、本人の了承を得たうえで、お客様の氏名や健康状態など、個人が分かる情報や取り扱いに配慮が要る情報は書き残さないようにします。
STEP2|行動と判断基準に分ける(分解)
ヒアリングの内容を、「行動」「言い回し」「判断基準」の3つに分けて書き起こします。
| 場面の中の流れ | 行動(何をしたか) | 言い回し(何と言ったか) | 判断基準(なぜ・何を見て) |
|---|---|---|---|
| 着席直後 | 面談の時間と目的を先に伝える | 「今日は1時間ほどいただいて…」 | 相手が構えているときほど、先に終わりを示す |
| ヒアリング中 | 家族の話が出たら、そこで深く聞く | 「そのとき、どう感じられましたか」 | 事実より、気持ちが出た話題を優先する |
| 終盤 | 聞いた内容を短くまとめて確認する | 「私の理解で合っていますか」 | ずれていたら、次に進まず聞き直す |
※表の内容は書き起こしの形を示すための例です。
このうち、最も抜けやすく、最も価値があるのが「判断基準」です。行動と言い回しだけを真似しても、相手の反応が想定と違ったときに止まってしまいます。
判断基準を引き出すには、「なぜそうしたのですか」「どうなっていたら、別のやり方にしましたか」と重ねて聞きます。本人が「なんとなく」と答えたら、その「なんとなく」の直前に何を見ていたかを聞いてみてください。
STEP3|1枚の型にまとめる(型化)
分解した内容を、1場面につき1枚の「型」にまとめます。型とは、誰が使っても同じ動きができるように、手順と判断のポイントを書いたものです。
1枚に入れる項目は、次の5つです。
- この場面の目的(この数分で何を達成したいか)
- やること(3つ程度に絞る)
- 言い回しの例(そのまま言えるセリフ)
- 判断の分かれ目(相手の反応がこうなら、こうする)
- やらないこと(この場面で避けること)
1枚に収まらない場合は、場面が大きすぎる可能性があります。場面を分けて、2枚にします。
言い回しの例は、実際に口に出せる形で書きます。たとえば初回面談の冒頭なら、次のような形です。
初回面談の冒頭
「今日は1時間ほどお時間をいただいています。前半で、ご家族のことや今のお考えを伺います。後半で、次に何を検討するかを一緒に整理できればと思います。途中で気になることがあれば、いつでも止めてください。」
型を所内に配る前に、所属先の募集ルールや社内規程に沿っているかを、教育責任者やコンプライアンス担当者に確認してもらいます。取り扱える保険会社の範囲など、所属先が面談で説明するよう定めている事項があれば、それも型に書き込みます。
STEP4|型どおりにやって、できるかを試す(ロープレ)
型ができたら、ロープレで試します。おすすめは3人1組です。
| 役 | 担当 | 役割 |
|---|---|---|
| 営業役 | 新人・若手 | 型だけを見て、その通りにやってみる |
| 顧客役 | 売れる人 | 実際によくある反応をする |
| 観察役 | 教育担当者 | 型のどこで止まったかを記録する |
売れる人を顧客役にするのが、このステップの要点です。お客様の反応を一番よく知っているのは売れる人なので、ロープレが現実に近くなります。
そしてロープレのあとに、売れる人へ1つだけ聞きます。「自分ならどこで違うことをしましたか」。ここで出てくる答えが、型から漏れていた部分です。STEP1のヒアリングでは出てこなかった判断基準が、ここで見つかることがあります。
見つかった部分は、その場で型に書き足します。言い回しの例も、実際に口に出してみて言いにくいところを直します。たとえばヒアリングのあとの要約と確認なら、次のような形です。
ヒアリング後の要約と確認
「ここまで伺ったことを、私の言葉でまとめてもよろしいですか。(要約)……私の理解で合っていますか。違うところがあれば、遠慮なく直してください。」
ロープレは、型どおりに最後まで進められるまで繰り返します。
STEP5|現場で試し、行動の指標で確かめて更新する(検証)
ロープレで形になったら、実際の面談で試します。このとき、型の効果を成約の有無ではなく、行動の指標で見ることが大切です。
成約は、お客様の状況や時期など、型以外の要因にも大きく左右されます。成約だけで型の良し悪しを判断すると、使える型を捨ててしまうことがあります。
見る指標は、たとえば次のようなものです。
- 型に書いた「やること」を、面談で実施できたか
- 判断の分かれ目の場面で、型どおりの対応ができたか
- その場面の目的(例:次回の面談の約束)を達成できたか
- 型どおりにできなかった場合、どこで止まったか
2〜4週間程度を1つの区切りにして、試した人から結果を集めます。止まった箇所が複数の人で重なっていれば、そこは型の書き方を直す場所です。
型には版と更新日を入れておきます。「第2版・10月更新」のように管理すると、どれが最新かで迷いません。
できた型は、新人が学ぶ順番の中に組み込むと活きてきます。入社90日の中のどこで型を練習するかは「保険代理店の新人教育プログラムの作り方|入社90日で何を教えるか」で整理しています。
売れる人に協力してもらうための3つの設計
5ステップの中で、売れる人に求める時間は多くありません。それでも、理由1の構造はなくなりません。協力をお願いするだけでなく、協力しやすい形を先に用意しておきます。
1|業務として時間を確保する
ヒアリングとロープレの時間を、所長や経営者が業務として予定に入れます。「空いた時間でお願いします」では、空いた時間は来ません。
2|型に、その人の名前を残す
「〇〇さんの初回面談の型」と名前を付けて残します。自分のやり方が所内の標準になることは、本人にとっての役割にもなります。評価や処遇にどう反映するかは、各社の制度に合わせて検討してください。
3|本人に求める役割を「確認と修正」に絞る
書き起こし、型づくり、ロープレの準備は、すべて聞き手が持ちます。売れる人に求めるのは、話すこと、型を見て直すこと、顧客役をすることの3つだけです。
作った型は、所内の教育計画の中に位置付け、誰がいつ学んだかを記録しておくと定着します。教育計画や記録の回し方は「保険代理店の教育責任者は何をする人か」で解説しています。
言語化でよくあるつまずき3つ
一度に全部をマニュアルにしようとする
最初から、面談の全工程を網羅したマニュアルを目指すと、完成前に止まります。1場面の型を1枚作り、現場で使われるところまで進めてから、次の場面に移るほうが、結果的に早く進みやすくなります。
性格や雰囲気まで写そうとする
「〇〇さんは話し方が柔らかいから」「人柄だから」で終わると、再現できません。性格そのものは写せませんが、その人が実際にしている行動は写せます。「柔らかい」と感じる理由を、「話す前に相手の名前を呼ぶ」「相手が話し終えてから一拍おく」のように、行動に置き換えます。
作った型を配って終わりにする
型は、配った時点ではまだ仮説です。ロープレと現場での検証を通って、はじめて使える型になります。配布で止めず、STEP4とSTEP5まで一周させてください。
まとめ|「あの人だからできる」を、1場面ずつほどいていく
売れる人のやり方が共有されない理由は4つでした。教えるより自分で動いたほうが早い。本人が言葉にできない。聞き方が抽象的。再現できたかを確かめていない。どれも、本人の協力不足ではなく構造の問題です。
だから、引き出す側が手順を持ちます。場面を1つに絞って直近の1件を聞き、行動と判断基準に分け、1枚の型にする。ロープレで漏れを見つけ、現場で行動の指標を見て更新する。この一周で、「あの人だからできる」の一部が、ほかの人にも再現できる形になります。
最初の一手は、新人がつまずいている場面を1つ選び、売れる人との60分の枠を予定に入れることです。そこから、所内の最初の1枚が始まります。
minalについて
minal(ミナル)は、保険・不動産・金融など、お金を扱う仕事に特化した法人向けの教育研修サービスです。「売り上げに繋がる学び」をコンセプトに、個人事業主・経営者の方や、人事・研修担当の方の社員教育・人材育成を支えています。
お金を扱う仕事は、商品の知識だけでは成り立ちません。どうやってお客様と出会い、関係を築き、提案につなげるか。minalが扱うのは、知識系の研修では学びにくい、この実務の部分です。
現場で顧客獲得に取り組んできた方に登壇いただき、そのやり方を、ほかの方が再現できる形の研修にしています。「あの人だからできる」で終わらせないことが、私たちのテーマです。
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※本記事は営業・育成ノウハウの解説であり、特定の保険商品の推奨・比較や個別の保険勧誘を目的とするものではありません。保険業法など制度の取り扱いは変動する場合があるため、実施の可否や条件は所属先・公式の案内で確認してください。
